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ブログ

わりと元気に生きています

+αで書きたいこと

 長いけどどうしても書きたい!

4/1は2年ぶりにステージでギターを弾く本命の姿を見て、あ~~好き〜〜〜って号泣しまくった私です。今も思い出してはうるっとくるけど、話はもう少しだけ続きます。

 

過去から繋がる今の話。

アヲイが解散するほんの少し前の2014年10月1日、新しいバンドがまた発表された。2014年は解散ないし解散の発表をしたバンドがゆうに70も超えたような「ヴィジュアル系氷河期」を疑いたくなるジャンルとして不安定極めた真っ只中な年に*1『このバンド、売れるの…?!』ってアヲイとはまた違うベクトルで個性の強いバンドが現れた。

 

それが私が今応援してるDevelop One's Faculltiesで、そのメンバーのruiくんも、本命の慎ちゃんと同じくギタリストです。さらにライブでは同じくステージの上手にいます。

その『DOF』自体も異質で、私が今まで応援していたSadieはほとんど王道路線なヴィジュアルロックを貫いていたし、アヲイ(こっちは哀愁ロックとかアンダーグラウンドブラックロックと言っていた)とか、ちょっとMy BACTERIA HEAT IsLAND(ここも激しいがわりとアブノーマルな位置な気がする)も行ったりはしてたんだけど、それとはまた別の系統のヴィジュアル系であり、ジャンルの中ではかなり珍しい、というか今までになかったバンド。だと思う。

見ていた人も関係者含む誰もが『確かにこのジャンルの中では新しいが、このバンドで一発当たるのか…?』なんて思ったに違いない…。まぁ私ですけどね!逆に『このバンドが売れたら、面白い』と思ったりもした人も絶対いるはず。ただバンドとメンバーが発表され、『フラスコを振ると天秤揺れた』のMVが公開された時、雲行きが怪しいまでは行かなくても『この先、もしかしてこのバンドを組んだ本人達ですらどうなるかはわからない』ような不安定さは確かにあった。

そのバンドが、2周年を迎えた時にはキャパ800の新宿BLAZEでソールドアウトには届かなかったけれど満員御礼と言わんばかりにフロアが人でパンパンの周年ライブをやっていて、今月には東名阪仙で箇所によってはソールドアウトも出すワンマンツアーを敢行するものだから、徒歩で着いてったファンの私ですらヴィジュアル系も捨てたもんじゃねえ!』って感心したりもする。。。

 

そんなバンドの中で、上手にいるギターの彼を自分視点から少し話してみたいと思う。

 

いっても私はまだ2年しか応援はしていないし、ライブを見る頻度っていっても月に1度がいい程度。ruiくんはヴィジュアル系に珍しくフェンダージャズマスターを使ってて、邦ロックの方で言ったらこのギターは持ってる人が多いんだけど、これがヴィジュアル系ではあんまりいない。ヴィジュアル系はメタルとかハードロックが主だから、名前の通りジャズ向きのこのギターを使っている人は当たり前に凄く少ない。一言で表すならめちゃくちゃ変わっている。(なのにDOFと対バンする界隈のバンドのギタリストはわりと使ってる人よく見るのでメジャーなのではと錯覚します)

ファンである私がこんなこというのも、大変申し訳ない話なんだけど、ruiくんは、慎ちゃんを初めてライブで見た時ビリビリッ!とした衝撃が全身走るくらい、「私の好きな音」弾いてくれる人ではなかった。初見の時から今の今までこの謎の直感で好き!かっこいい!って感じる「ビリビリ」は彼に対して発動したことはない。むしろ、対バンを見ていて彼以外のバンドのギターに「気になる」と耳のアンテナが立つこともあ…る…げふんげふん。本当はこういう比較はファンとして絶対してはいけないんだけど、後述に繋がるので書いたものの胸が痛くなる…ギタリスト同士だからって比較したいわけじゃなくて、それぞれ良さは勿論あります。知ったか評論家みたいなことをしたいわけじゃなく、あくまで個人的な話。

そんなこんなではじめてDOFを見た時の感動は、ギターを弾いている彼じゃなくて、その存在そのものだったんですよね。

で、DOFにちまちまと大阪だけ、ライブに行き始めてからまもなくして「この人、機材おたくでギターやエフェクターや色んな話はするけれど、"自分自身を表現する音”みたいなものは見つけられてないんじゃないのか?」っていうことに気づいた…というと語弊があるので思ってしまい、勝手にライブ後落ち込んだ時があった。おおまかにいえばruiくんのバンド遍歴はthe Pumpkin Head、ケミカルピクチャーズを経て、今のDevelop One's Facultiesの結成に至り、もうこのジャンルも10年選手なはずである彼ではあるんですけど。それは、ギターボーカルのyuyaさんのギターの個性とバンドの個性も強すぎるのもあるし、マイクスタンドからほとんど動けないyuyaさんに変わって、パフォーマンスにステータス全振りなのとかもいろいろあると思う。

現に、私が初見の時からステージングは一級品だし、この人はお客さんをノせる才能は本当にすごい。決してお客さんを無理にノらせるんじゃなくて、お客さんの方からその人自身の意思でバンドへ歩み寄るようにノせることをruiくんはできる。前から後ろまで、端から端まで俺のテリトリー!と言わんばかりにどこでもそれをやってみせる。

そうであっても、視界が賑やかなのを余所に、ひとたび耳に意識を集中させると思考が止まっていく。私が感じるruiくんのギターはDevelop One's Facultiesというバンドの色に対応した"色"なのであって、"ギタリストのrui自身の色"じゃなかった。4年しかライブハウスに入り浸ってない、機材もそんなに詳しくないたかがファンの戯言なんだけど。でも、対バンで他のバンドのギタリストの方を見ても、長く活動している人ほど、自分の音の表現の仕方と、それをバンドに馴染ませてそれでもいかに自分の個性を殺さずに、バンドの"相乗効果"になれるかわかっていると思う。こういう人たちは、すでにギタリストとしてある種完成した状態だと思う。と言っても音楽や創作に携わっている人なら誰しも完成という終わりなんかなく、ここからまた暗中模索でさらにいいものを作り出すための終わりのない終わりを求める無限ループなんだけど、とりあえず第一形態の形成完了みたいなものだと思ってる。輪郭があって、ちゃんと顔がある。その時のruiくんのギターは、輪郭はあるけど目や鼻や口の位置が定まっていなかった。

それがライブをコンスタントにやっているのもあってか、去年はかなり活動的な年でスケジュールも過密傾向で心配ではあったんだけど、バンドはもちろん彼自身もギタリストとして見違えるくらいに成長していった。これって本当に凄くない…?!って私は思う。私が見るたった月に1度のライブで、私が見ていないひと月の成果を感じられる。ほんで、ペットは飼い主には似るとはいうけど、急に攻撃的になったり優しくなったりって機材ってやっぱり弾いてる人の個性を受け継ぐ分身なんだなって思った(笑) すべて私が勝手に感じることで、音作りがどうのこうの、弾き方が、音の抜け方が〜とかじゃなく比喩表現ばかりで傍から見ると頭の弱い人なんですけども!

とにかく本当に面白い話だけど、10年以上このジャンルに腰を据えている彼が、ここにきてめちゃくちゃギタリストとしてぐんぐん伸びていることを実感できている。いちファンは嬉しいです。今までサボっていたツケとか言わないね…(笑)、ここだから、今だからメンバーはもとより色んなバンドにガンガンもみくちゃにされて、成長できているんだって私は都合のいい解釈してます。

それくらい、良いバンドなんですよー!お互いがお互いの長所を前面に出し合って、短所はお互いがまたカバーし合う。

そういうバンドと、応援していてめっちゃくちゃ楽しい!面白い!今までにない!って思える人ができてしまった私は、思い出よりもDOFについていくことを決めました。私はこれが結果的にとてもよかったことだと思ってます。うじうじしてた自分を、ライブハウスに引っ張り出してくれるバンドがいて良かった。じゃないと4/1も行くことはなかったろうし。

 

ruiくんは成長してそれでも、今の時点でやっと芽が出て、ようやく茎が成長してきた「まだまだ発展途上」だと思っているけど、これからまた物凄い勢いで大きく蕾を膨らませ、立派な「花」へと成長する過程を見れるんだってことが私にとっての初めてで、ひっそりと楽しみにしている事だったりする。

「ステージの上でも、自分にも花が欲しいと願いを込めて」、と自分の衣装やメイクに花をあしらっていたるいくんが、花で着飾らなくていいくらいステージも本当に良くなった。ライブは全身フルで使って表現しているのはいつもだけど、煽り抜きでステージの上手へ自然と目線を吸い寄せられるような豪快な派手さと美しさと、繊細な部分も出せるようになったと思うし。私の語彙力ではなかなか伝えられもしない、「百聞は一見に如かずやで!」とライブ見てきて!と言いたいくらいには!そんなどんどん良いステージを4人と共に一緒に作っていて、それに賛同する人たちが沢山現れてきて、そしてギタリストとしても「花」を咲かせる過程を今、彼は地に足踏みしめて、前へ進んでいる。そんな「今しかないこと」を見守れるという感動。いい話やね…(?)

確かに本命は慎ちゃんでそれに対して変わるような揺らぎも今のところ一切ないのは事実ではあるんだけど(笑)、またruiくんも自分にとっては掛け替えのないギタリストになった。むしろ、バンドマンという枠ですら今まで出会ったことのないタイプなので、余計に今が楽しく感じるのかもしれない。満を持して大輪を咲かせたとき、自分の中でruiくんという存在がまたどう動くんだろうって今から楽しみです。

君は、本命という名の新興宗教の神になれる自信はあるか…(?)

って悪徳業者のお誘いでは決してないです。ね!それはそれで、もし数年後成り代わってたら面白い話ではあるけどね。ただあんまり自分の中では、そんな簡単なものでもないので話は曖昧に濁しておく。

 

大体、話したいことは話せたかな?もう今月のワンマンツアーの大阪で、私はもう一つ大きな「区切り」を迎えるし、その4/1から気持ちが軽くなったので、切り替えというか、とりあえず今私はここにいます、的な感じです。今更か!笑

Develop One's Faculties。お互いがお互いの能力を高め合っていく。進化していく。そんな意味合いが込められたバンド名。自分も、たったほんの少しだけでも、DOFとruiくんのその成長の過程のお手伝いをできていたらいいなぁと思う。今までも、もちろんこれからも。おわり!

2017/04/01 2年ぶりに「本命」のステージを見てきた(for severe addicts only@心斎橋Paradigm)

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 2017年4月1日、年度変わり初のライブは『for severe addicts only』でした。

 

当日、開場に間に合わせて行くどころか、タイムテーブルが出たのを良いことに19時20分頃に箱へつき、心斎橋paradigmへ入って、チケットを出した時、「どのバンドさんを見に来られましたか?」と聞かれ「フォ、フォー……フォーー…。フォー、シビア、アディクツ、オンリー…です……」とバンド名をしどろもどろになりながら言って入場し(もぎられた半券に赤ペンで"for"とだけ書かれてたの笑ったw)、ああ〜まだ転換の時間じゃないのか…って前のバンドのライブが中継されているのをロビーでぼーっと見つめながら、いつもと違う箱だから緊張するなぁ〜!っていう高揚感でもなく、『明らかに気持ちの構え的にも違う雰囲気』で、そわそわしたりして。 

 

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先にもう結論を言うと、本当に行ってよかった………と思った。

 

今も、凄くふわふわとしてる。自分が見たのが夢か現か、でも確かに私はそこに行きました。

フロアに入った時、そして私はなんの躊躇いもなく上手へ向かった。

転換時の、音出しの時、ボロボロの薄い幕の向こう側に確かに私の大好きな人たちの音がある…好きで好きでたまらなく、追いかけていた音がもう目と鼻の先にある…と思うだけでまだライブも始まっていない明るい客席で、目頭が熱くなった。

でも、そんな中でも、私は自分のこの足で、ちゃんとここに来たのに、チケットだって前日ギリギリセーフで前売りのイープラス滑り込んだのに笑 『夢の中にでもいるんじゃないか』と思ってた。

 

そうやって、またほとんど思考も停止して脳細胞を毎秒死なせながら笑、出演予定時間にもなる19時35分も間もないころ、いよいよ暗転した時全身の脈がドクドクと暴れ狂ってる

始まる…!って思って幕が開いた途端に、ドラムのRyoさんが出てきた。サキくんも出てきた。

登場SEもないなか、そろりそろりと暗い影を落としながら一人また一人と出てくるときに、ファンがするメンバーコールに「この感じ、なんか本当に懐かしいなぁ」って物思いに耽っていたら、慎ちゃんが出てきた。

 見た瞬間、まず思ったこと。「あ、生きてる……動いてる……」当たり前や。

でも、それくらい、ステージの上の彼のことを見てなかったんだし、そう思うのも仕方ない…。最後にライブハウスで見たの、もう2年も前になるんだし。(2015年の2月、umbrellaの唯さんの生誕祭でのdotrip.とLOKIのステージ以来) あと去年で慎ちゃん何歳になったんだっけ…確かに絶対30オーバーなのに若返っているんですが…って見た目のギャップにビビる私。。。

というか、The THIRTEENのライブで1度彼を見てるんですよ、大阪MUSEで。私関係者席のほとんど真横にいたから、視界の端になんか背ェでっかい人きたなーってチラって見たらいて、死んだわけですよ…。でも、その時姿かたちをはっきり見た覚えがない。シルエットは見たときにほんまに改めて見ても、私が見てた時より痩せたなぁ…って思ってて、今回はスーツだったから余計シュッてしたように見えた。いうほどガッリガリではないけど、ご飯はたくさん食べて元気でいてほしい。

RyoさんはそのThe THIRTEENのドラムサポートをしているのもあって、去年その11月のワンマンツアーの大阪MUSEで見てるはずなんだけど、自分のなかではほとんど別人だと認識するように「Ryoさんもみんなと同じく久しぶりにライブで見るみたいに感じるなぁ」って思ったりもした。

 

あーーーと思いながら、少し間をおいて進さんもステージに上がった。進さんも、ぜんっぜん変わってない…!最後に見たの、いつだっけ…って思ったら、進さんも2014年の12月の空【ku:】以来か…そりゃあ私も年とるわ…あっちは実年齢、見た目年齢と伴ってない少年のようなのに…笑 バンドマンの三十路も怖いけど、四十路もなかなか怖いね!女の私からしたら本当に羨ましい

 

そしてもうすでに1曲目から、ほとんど中盤まで、放心状態だった

 

慎ちゃんを見ながら、「見た目こそ少し変わったのかもしれないけれど、何も、何も変わってない」と彼のステージングをみながら、(お前は今日泣かないわけがないんだからもう手に持っとくのが吉と事前に準備した)右手に握りしめたハンカチの存在なんかも忘れて、自分はずっとステージの上手を見据えてボロボロと泣いてた。

私が、2013年の1月に電撃が走ったように惚れ込んだギターを弾く君に出会ったあの頃を思い出すような全身ビリッとした衝撃をうけた時と、そして2015年の2月に見るのにも聴くのにも精一杯だったくらい大好きなまま別れたあの頃と変わらず、慎ちゃんはそこにいた

怖いくらいそのままだなと思った

ギターを弾きながら楽しそうに、痛そうに、嬉しそうに、悲しそうに、コロコロと変えていく表情も、それに呼び応えるみたいに変わるギターの憂いさと優しさを帯びた音も、ときどきフロアを見据える鋭い視線もからかうようにメンバーを見る目線も、そのままだった

 

最初半分くらいはりょーさんの方を向いてたから、顔こそ見えないけど、スピーカーから聴こえる音が確信を持てるくらい自分の好きな音だった

なんとも言えないけどひたすらにその時は無性に泣けた

 

そして、ひとたびステージ全体に目を移せば、一番最初に「ほんっとうに、こんなに、ロックバンドさながら泥臭くて汚くて、でもそれが最高に似合う人たちって、きみたち以外いないんだな」って思った。素で「かっこいい」で圧倒されすぎる4人の今のステージ。着飾ってるわけでも、また変に気取るわけでもなく、4人とも素でこのバンドの音楽を楽しんでいるからこそ出る魅力があった。音源も配信されているものもリリースされたものも(CDの方はアヲイから申し訳たたないくらいお世話になってるフォロワーさんに物販代行頼んだそのあと、大阪のV系CDショップに置かれることになってそれ早く言ってーーー!笑 と申し訳なさで泣きそうになった笑)死ぬほど聴いたけど、生音の迫力が全く音源とは別物で、この裏切られ方、「聞いてるこっちがなんか悔しくなる」この面白い感じも、懐かしいってまた泣いた

りょーさんは自分の見てた位置の都合上あまり見えなかったんだけど、ちらりちらりと見えるたびにものごっついライブ嬉しい!ドラム楽しい!って顔に出てて、サキくんはフロア見て相変わらずニヤニヤと楽しそうなお客さんを観察してて、慎ちゃんはほとんどフロアほったらかしで俺!俺ーッ!俺のギター!ってやってて、進さんはキメ顔キメながら(よく見るとキメれてはなくて険しい顔で笑)歌ってて。それ、前は当たり前のように見てたのに、見える景色全部が全部、変わってないのが、私もとてもとても嬉しかったしそんなみんなを見て私もまた相変わらずかわいいって愛しさで胸いっぱいになるわけですよ

あとMCで進さんが関西弁喋るの聞くの私マジで人生お初では…?!って衝撃をうけた。進さん、バンド内では一番年上なのにいじられかわいいキャラなのずるいな…空【ku:】ではバンド内だと年下だからそこでも可愛がられてるキャラなのに先輩風吹かせられてないところ心底可愛すぎてシンドイ!MC自体はゆるっと、でもサキくんがキレのあるツッコミしつつ、りょーさんボケ、それ見て笑う慎ちゃん。それも見てあ~ってMC聞いてて「面白い」よりまず「感慨深い」って思う私…

どんどん語彙力が失せてくる。

 

でも、ギャンギャンすんごい褒めちぎってるけど、1曲目からライブ途中でハッ?!ってなるまで、人間、体の7割が水分だけどすでにもう5割は目から出たって思うくらい絶え間なく涙が出続けて、私、そのとき単純にfsaoは「純粋にライブや音楽自体を楽しむの、今の時点では無理だな」って軽く悟ってしまった。そして、このバンドが絶対にこれから先、自分の1番になることがないってことも。

確かにライブはかっこいいんですよ。メンバーの4人中3人がアヲイということもあって、曲しかり歌詞しかりアヲイ成分強めだけど、そういう応援してた情を抜きとしてもかっこいい。正直こう思うのも悔しい。身内臭漂う似た界隈関西ドマイナーバンドと対バンしてるの、色んな人に見せることはできていない、バンドもファンすらも「身内」にしか見てもらってないっていうのが心底勿体ないなって思う、そこらへんはメンバーのジャッジ次第なところではある、「売れるため」にこのバンドは組まれてないわけだし。

そう思いつつも、自分がfsaoを見るのは、所謂メンバーの「生存確認」に近いと思ったんだ…。「元気かな」って様子見程度のフラットな気持ちで言ってもこんなに好きで好きで不安定になる。まだ、こんな関西の暗くて狭いライブハウスのステージで音楽を続けてくれている、そんなみんなを見守れる「幸せ」はあっても、申し訳ないけどライブのなかに「楽しい」は全くもって一切なかった。「楽しむ」っていうのは自分の気持ち次第だけど、まだ難しいと思う。

 

時間が解決してくれるって本当で、当時受けた解散ショックのちの病み期とか新盤組んだショックは癒えた(はず)だけど、年単位で時間が過ぎてもこれなもんだから、一体何年かかるやらって話である。それだけ、慎ちゃんしかり、Ryoさんも、サキくんも、進さんも自分にとっては個々の存在自体も、バンドのイメージも色濃く残っていて、それをまだ完全に振り切れてないんですよね。でも、ライブは本当に行ってよかったと思う…変な意地や、後ろめたさも振り切って、厚顔無恥でライブハウスに恥を晒しに来てよかったです…これは本当に。タイミングって大事。逆に、今日のライブに行けなかったら、行かなかったらこの先で一生「行かない」選択肢をとっていたかもしれない。

あと、私は自分のことやり終えるまで(留学し終えるまで)、絶対fsaoは行けない、行かないって謎の制約設けてて、でもこれも結果的に破ってよかったと思ってる。留学し終えて、就職して、さあライブに行こうかなってなったとき行くのかなってなったらそうじゃないんだろうなぁって。今、この時、ちょうどリリースもあって、視界にfsaoを置いてる自分がいる、さすがにもうfsaoが結成して1年と半年も経って気持ちもこじらせた気持ちも落ち着いてて、なによりこのライブに行かないことが、自分の一生のうちで勿体ない選択肢でありたくない。

まず!見よう!見てから考えろ!って思い切って、4月1日の私よかったね。直前までイモってしまったけど、4月ももう3日になっちゃったけど、今まで心の中でもじゃもじゃしてた気持ちがびっくりするくらい軽くなって、むしろ幸せなんだよ。ドーパミンガバガバ!怖い話だね、単純だね…前回、あんなブログも書いたのに。

逆に見なかったからこそ、思い出のなかの黒い箱に閉じ込められて、負の無限ループでもじゃもじゃがなかなかとれなかったのかなぁ。でも、2015年10月にあんなに発狂してた自分、本命の事含めてメンバー全員を「残酷な人たちだ」と切ってしまった自分よ!1年以上もかかったけど、そんな気持ちは埋葬したよ。君はやっぱり腐っても慎ギャなんだ。

fsaoというバンドは、自分の中で1番にはなれないバンドなのかもしれない。でも、ギターだけは、どこの何をとっても、ギターの奏でられる一音一音がとても自分の追い求める理想の塊のような音で、そしてそのギターを弾く慎ちゃんも、ステージングから音楽に対する思いも姿勢も大好きがいっぱい詰まった1番には変わりがない。

 

今回、ライブに行って今思うことって『for severe addicts only』のバンド名さながら、自分、ギタリスト慎という人間が生きているという情報を目や耳で摂取しないと多幸感を得られない中毒者なのでは……(わりと真面目)とやっと思えてきた。す

このライブで得た自分の総括、『本 命 は シ ャ ブ 』

こんな頭のわるい総括しかできない自分がかなしい。

最近は自分にとって「本命」って言葉の重みが凄くて、アイドル用語からパクって「推しバンド」「推しメンバー」っていう(その方が、応援してる自分としてもフラット)っていう勝手な決まりを作ったんだけど(笑)、それくらい、本命っていう存在は新興宗教の神様にも等しいたったひとりの存在なんです。「推し」は何人でもいていいけれど神様はひとりしかいない。それが私にとっての慎ちゃん。こんな面倒なファンついてごめんねって思うけど、ここまで人を狂わせるって、ある意味才能であり魅力なんだよ、きっと。よかったな!(?)もう私は慎ちゃんの視界の入らない端のほうで勝手に見てると思うけど、勝手にこれからもよろしくね。ギター、変わらずファンの見えるところで弾いてくれてありがとう。やっぱり慎ちゃんのギター、いつ見てももっともっと沢山の人に評価されるべきだったと思うし、それが叶わなかったのが今でも納得いかないくらいかっこいいよ。見つけられただけ私は幸せなんだろうけど、私はわがままなので、どうしても君のギターや、アヲイというバンドも、大阪BIG CATのキャパ人数も超えるもっともっとたくさんの人に認られてほしかった。そんな気持ちだけで前のめりになって、ひとりよがりに気持ちぶつけてしまって本当に申し訳ないと思ってる。ごめんなさい、やっぱり好きです…ってなんだこのブログは…

もうこの気持ちも伝えられることはないんだろうけど、新年度1発目、気持ちの切り替えになるいいライブにお邪魔させてもらったと思った4/1でした。

日曜日の話と今更考えるこじらせバンギャルの認知のあれこれ

わーい!ついに私も流行りにのってはてブロデビューだよ!

三日坊主がデフォな私からすれば絶対に続かないと思うけど。ついでにこの記事はとてつもなく長いから読み始めるのは自己責任で。

 

一昨日は久しぶりにインストアイベントとライブだった~

インストアっていうとバンドとファンの唯一の接触の機会だけど、別にこれといって何かあったわけでもないんだなこれが…!ただ、改めて「認知される」って末恐ろしいことだな…って思った。自分の意思でマイナー界隈のライブに出没してるくせにアホな話ではある。ただ認知とマイナー界隈は切っても切れないとは思ってる、だって輪が小さいからね。ちなみにまだメンバーに認知はされてない。たぶん。いつかもし認知を明言される日が来てしまったときは、ライブ行くのはしばらく辞めると思う。それがもし来るかもしれないと思うだけでものすごく怖くて内心ビクビクしてる。そんなうじうじ悩むなら家でCDだけ聴いてろ!と言いたくなるけどライブは楽しいのでライブも捨てられない。でも接触にはしばらく行かないので関係ないっちゃ関係もないし、ただ本当にメンバーにどうこう言われたわけではない。

何事もなかったのに、改めてむかしを振り返って私自身がすごくそう思ったので、気持ちの整理的な意味で書いていく。

 

今、私はDevelop One's Facultiesしかライブには定期的には顔は出していないのはフォロワーの人からしたら既知なことではあるんだけど、そもそもライブも地元しかほとんど顔も出していない。留学のために貯金に勤しんでいたのでそんな金銭面的に余裕がなかったのもあるけど、精神的な余裕もなかったところもある。

 とにかく言えることが私はバンドに対してこじらせてる部分がめちゃくちゃある。そのひとつが「認知されたくない」だと思う。名前を知らなくても、ライブで時々みかける顔だからって「あ!」って顔もされたくない。自分のクソみたいな自意識過剰が、根底に凄くある。

頭が痛い話だけど、自分で「サインがいっぱいほしい!」って思いでイベントに向けて複数枚購入した癖に「何も話したくない…」って思いすぎて、日にちが近づくにつれ、26日の当日家を出るまで、その自意識過剰をこじらせたが故にひたすらに病んだ。今考えると「じゃあ行くなよ」って話すぎる。でもサインは欲しかった。なんにせよ今の撮影会メインのイベントばっかりだったなか、サインをもらえる機会なんてなかなか無いもんで…撮影会なんか極論言えば私が映っていなくてもいい。かわいいバンドマンのとなりに自分のブサイクな顔があるという事象そのものが申し訳なくなる。iPhoneのカメラがSNOWやプリクラ並みに可愛く補正かけてくれるなら別やけど。でも、サインは過ごした思い出が形に残るけど自分はさほど干渉はしていないって時点で私的にはわりがいい。

 

26日は何事もなく終わっていった。本当に自分の一人相撲が馬鹿みたいに感じられるくらいに。かといって「初めまして」というお互いを探り合う感じでもなく、自分の顔が割れているのか割れていないのか自分では判断しかねる、距離が近すぎず遠すぎずな、結構ラフな感じで接してくれたので個人的に「これぐらいが丁度いいな」と思った。

 

そもそも、自分がライブやイベントに足しげく行っていたときって、もう2~3年も前の話にはなるんやけど、認知されたのってアヲイしかない。

でも、メンバー全員認知されていたときって本当にトチ狂っていた。

まず、死ぬほどアホなので好きなメンバーに認知されたとき自分でもびっくりするくらい舞い上がった。そんなことが今までの自分の人生になかったのもあるし、好きなバンドマンに「大多数にいるなかのファンの1人」ではなく、「俺のファンの〇〇ちゃん」として認識されたことが単純に嬉しかった。

 

そして、次自分が思ったことは「応援している人に良いファンとしてみられたい」っていうこれまたクソ自意識過剰なエゴだった。普段生活からも周りにも良い人として見られたい欲求は多少あるけれど、特に好きな人には良い人として見られたい、とにかく相手にとって良い印象の人間で私はいたかった。

今といえば好きなバンドマンが新バンドを組めば「元盤はどうした!」と発狂しツイッターで連日連夜喚きまくり、あなたのギターが大好きです♥なんて言っていたファンが手のひらを返し新しいバンドとバンドマン含めボロクソに叩きまくるというどこからどう見ても「コイツ、マジで最悪だな」という印象しか残せなかったわけだが、必死で応援しているその時は本当に真面目にそう思っていた。今は時間の経過もあって落ち着いたけど、あの時は本当にごめんなさい…と勝手にまた心の中でバンドにも好きなバンドマンにもその人たちのファンにも四方八方申し訳なさの四面楚歌でいたたまれなくなって死にたくなる。

 

こうやって自分を改めて振り返ってみたら、趣味の方へ心が傾倒しすぎて自分自身を見失うという、自分の心の不安定さをライブの楽しさで補ってきたがためにバンドに依存しすぎてしまう、っていう欠点を自分で見つけたのもあって、今はセーブしつつ、自分のことを見つめなおす心の養生期間みたいなところある。

一昨日も、人から見ればたかが対バン、たった6曲のDOFのステージで「結成から今までの2年間を振り返り、人目もはばからず勝手に泣き出す」っていう。かなり痛い子なのは随分前から自覚してはいるけど、自分でもこの病的なまでの好きってどう手綱を持って制御していいのかいまだにわかってない。

思えば、大学生になってふとしたきっかけでバンギャルに返り咲いてから、病的じゃなかったことがない。ある意味自分でバンギャル=メンヘラ、病んでるってステレオタイプなイメージを地で行く生活をしてきたから今更どうしていいのかがわからない。

Sadieやアヲイのライブ行っていたときって、それこそ何かあったわけでもないのにツアーファイナルでツアーの終わって欲しくなさのあまり終演後わんわん泣き出し、聴きたいと願って止まなかった曲がライブできたとき歌い出しもまだなのにイントロで泣き出し、ツアーファイナルの箱が大箱すぎる(その時点で実力に見合った箱じゃない挑戦的なアレ)とファンながら「ここが埋まらないと、このバンドはどうにかなるんじゃないか」なんておせっかいの考えすぎで吐き気と頭痛と胃痛に襲われながらトイレにいつ駆け込むか顔面蒼白冷や汗かきまくりで開演待ちしたりと、傍から見なくても恐ろしい。

 

アヲイが解散を発表してからまわったツアーなんて、ライブが終わったあと地元に帰る夜行バスでも電車でもどこでもタオルを離していられないほどに泣くのは当たり前だったし、バイトか学校かの行く途中の電車内でツアーのことで頭いっぱいになり喘息発作で途中下車して見知らぬ人に介抱してもらったり、大学の授業中でもお構いなしに急に号泣してとてもじゃないけど授業なんて聞いていられる状態じゃなかったので勝手に退出したこともある。学校、バイト、ライブのスケジュールがしっちゃかめっちゃかなときは体力が追いつめられて視力が低下してる(視力の低下というより貧血の症状なんだけど、視界が一瞬真っ白になったり、色が認識できなくなる)なかそれでもライブへ行くのは辞めない。今だから言えるけどマジでそこまでメンタルがヘラりながらでもライブに行かないという選択肢がないのが心底恐ろしい。

 

それくらいその時の自分には、バンドしかなかった。バンド=自分の生きがいになってしまった哀れなバンギャルの成れ果てだった…

 

なんの話だっけ、認知の話だよ~って感じには話が逸れてる…

ただ、それくらい必死にライブに行っていたのって元を辿ればなんなんだろう?って考えたとき「認知された」ってことが大きいなって凄く思った。先に言っとくけど、認知自体は覚えてくれるバンドマンはもちろん誰も悪くない。勝手に勘違いを加速させるファン(私自身)が一方的に悪いとは言っておく。

 

認知されたことがある人はわかると思うんだけど、ステージ側の人って自分のファンの出席確認するところあるじゃない?目が合う、構われるとかじゃなく、私自身が見られている意識はしていなくても次の接触で当たり前のように相手側から前回自分が行ったライブの話をされたりすることがあったりしたからなんだけどもね。

それが、自分はこじらせすぎてしまったんだと思う。例えば「名古屋なんて大阪からならすぐそこなのに、行っていないと"たいして俺のこと好きじゃない"って思われるんじゃないか」と思って(実際全国何百といるファンのなか私1人にそんなこと思わないし、まず絶対そんなことを思わない優しい人なのはわかってはいても)無理にスケジュール組んだり。単純にステージ側からフロアを見たとき、あんなに沢山人がいるなか自分がいるってわかってもらえる嬉しさもあったし。

良いファンでいたい病はさらに加速して、差し入れにも着手した。ほとんど煙草とか弦だけど。毎ライブ、前回のライブの感想をぎっしり書いた手紙を送った。とにかくその人の目に私が良く映っていたかった。それもこれもあれもそれも、全部自分が自意識過剰で、さらには自信過剰なせい。こわいね!

でも、盲目ってそういうものなのかなぁ。盲目的に好きになりすぎると、好きな人はおろか自分も見失ってしまう怖さがある。

 

そんなこんなで、認知された!って舞い上がって、アヲイで所詮本命盲目ギャ♥になったまではまだ純粋な(?)ファンの状態。ここで終わっていたら、今も普通のファン心理として「認知されたら、それはそれで嬉しい」とまた足しげくDOFのライブも通っていたと思う。ただ、その盲目ギャになった私の次のステップが、なぜか「本命に対する軽いアンチ化」だったから認知に対してこじらせた考えになった。

 

好きの反対は無関心ってよく言ったものだなって思う。まさに「愛と憎しみは表裏一体」「可愛さ余って憎さ百倍」って感じ。今もその気は抜けてないけどな!

バンドが解散したあと、好きなバンドマンが、次のバンドを組もうが、はたまた一般人になろうが、ファンにとっちゃ関係のない話かもしれない。いや十中八九関係はない。バンドマンだって1人の人間だ、バンドを選ぼうがまた違う道に進もうが、その人の人生だからその人自身に道を選ぶ選択権はある。

それが、私の場合はアレルギーを起こすみたいに本命が次のバンドを組むって事象をその時は全く受け入れられなかった。理由はいたってシンプルなんだけど解散したバンドが好きすぎた

 

それはいい、みんな思うこと人それぞれだから。でも、私は応援するしない以前に怒り狂ってなぜかその矛先を新しいバンドと本命に向けた。

Twitterで罵詈雑言を吐きまくったあと、1ヵ月くらい本垢を消して一切の情報をシャットダウンした。再開したあともネチネチと新しいバンドと本命の愚痴を言い続けたし、この時から一気に性格が攻撃的(という名のネット弁慶)になった。ただ、Twitterでエッジの効いた暴言を毎日吐き散らしつつも、家ではしおらしく毎晩泣いていた。自分があそこまで必死になった最高にかっこよくて最高に大好きなバンドが解散した1年後、自分がまだ解散ロスで思い出を引きずっているなかで、あっさり本人は新しいバンドを組んだことがとてつもなく寂しかった。自分の視界にちゃんといたはずなのに、いつのまにかずっと遠くにいて、置いて行かれた気分になった。

私があっさり、なんて言っても、本人らからしたら「あっさり」なんてものじゃなかったのかもしれないけど。

 

 そうして気持ちの折り合いをどうつけたらいいのかわからず応援もできない、もう解散時に味わった精神的に切羽詰ったようなあんな思いはしたくないし、なにより大好きなものを失う喪失感とはしばらく無縁でいたい、と思って色んなものを頭の端の端の奥深くに封印していたら、次第に気持ちも落ち着いて行った。気持ちが落ち着くのとほぼ同時に、エゴサ回避もしないでゴリゴリと暴言を吐いていたこと自体がなんて幼稚なことしてたんだろうという申し訳なさで精神的にまた病んで潰れた。一人相撲健在!もし私の罵詈雑言の数々を本命が見ていたら…なんて見られていたとは思うんだけど、もしかしたら他のメンバーにも見られてたんだけど…笑 あれだけ大好き大好きって言ってた自分のファンが新しいバンドを組んだ途端手のひら返して怒り狂って暴言吐きまくっていたら嫌われても仕方がない。私が慎ちゃんの立場だったら「唐突だが、俺のファンのあいつは死んだ」って存在自体をなかったことにする。いっそ、そっちの方がいい。

それくらいファンキーなアンチっぷり。今は何事もなかったかのようにまた手のひら返してるけど、彼のなかでは私はすでに忘れられている設定だからできていることです!外道だ!

 

そんなこんなで、アヲイが解散しても、Sadieが活動休止しても、マイバクがボーカル以外脱退して精神的にボコボコの状態で「バンギャやめたい」が口癖でありながら、唯一DOFのライブにはちょくちょく顔は出していたんだけど、この時から「認知はされたくない」という思いが既にあった。

実際、reincarnationのインストアの時点でruiくんに直接手紙を渡したとき、「お客さんの顔と名前、なかなか覚えられなくて、ごめんね~」みたいな会話をふられ、死んだ顔をしながら「あはは~別に私のことは覚えなくていいです」と素で返事を返したのを覚えている。悪いけど、あなたの客はあなたが思っている以上に面倒臭いです。ごめんよ!

私は、さっきの認知されたい→いいファンだと思われたい!の自意識過剰じゃなくて、これらの経験を経ての、次は(自分の今までやってきたことを棚に上げて)「私個人にどうこう思われたくない、嫌われたくない、だからそもそも覚えなくていい」のまた違う自意識過剰にジョブチェンジした。本当に面倒くさい。かなり自分勝手な考えだと思うし、でも本当に今はもし覚えられることがあっても素直に喜べないし全くもってごめんなさいとしか言いようがない。

 

「良いファンになれる素質が自分にはない」って気づいたら、また認知されて舞い上がって勝手に醜態晒すようなことしたくないと思ったら、どんどん凝り固まってこんな感じに出来上がってしまった。だって、元々自分は良い人でもなければ、それを隠すためにいい子ぶって猫かぶる元気も、もうないんだもの。ようするに人として終わってることを知られたくないのもある

結局いえば、「余計なこと考えないで、ライブだけを楽しみたい」一心だから、ある意味熱心な信者だけど、面倒くさいことに変わりない。

「"音"を"楽"しむから"音楽"なんだ、だからライブ全力で楽しもうな!」なんてくさいことをのたまうバンドマンが前は「うるせー!バンドとライブに執念持ったガチ恋よりこじれたばんぎゃるはそんな単純なもので構成されてねぇんだ馬鹿野郎!」って心の中で罵倒するくらい嫌いだったけど、今は自分自身がそういう純な楽しみ方を追い求めているので、そういう面では落ち着いたんだなって思っている。罵倒してすまんな、君は正しい。そして、純な楽しみ方をするためには、自分を自分と保ったまま、こじれたファンにならないためには認知はいらないし必要ないと思った。考えが極端だけど、こういう考えしか自分が落ち着ける方法がわからない…!

 

日曜日からそんな考えても答えが出ないことばかり考えてた。連日眠れないのでガツガツと自分の気持ちをアウトプットしていたけど、やっぱりこんなゴミみたいな長文にせよ、いつか見返したときにこの時の自分はこう思ってたよ!っていう面で振り返ると自分のTwitterなりアメブロなり見てると気づくことたくさんあるので、もしまた人としての道を踏み外して、ファンもどきになりそうになったら、これを読んで心落ち着かせたい。

 

全然関係ないけどこれ書いてたらるいくんが唐突にツイキャスはじめた(3/27 3時も過ぎたド深夜です)。るいくんは、真っ直ぐすぎるせいか言葉さえもストレートにアウトプットするという、まっすぐがゆえの不器用が高じて誤解を多数生む人だけど笑、深夜にツアースケジュール詰まりまくって疲れてるだろうに、ツアーのセットリストの解説や曲の解説をたった約30人しか聴いていないリスナーにしているあたり、本当にるいくんみたいな人ってV系にしては稀だよな〜ってなんかほっこりして微笑ましくなるし、こういうところが好きだなぁって思う。

今1番好きだと言えるバンドマンがまたできたからこそ、これから起こりうるかもしれないたかがファンのひとりの解釈のすれ違いで、相手やバンドを頭ごなしに貶したり、悲しい思いさせたくないんだと思う。ようするに、私は自分の身勝手で大好きなバンドマンを傷つけた(かもしれない)過ちを、もう2度と繰り返したくない、これに尽きる。こんな勝手な罪滅ぼしを違う畑でやってる時点で、またたいそう身勝手で迷惑な話ではあるけれど。

私がこんなめんどくさいファンに転身してしまったのも、応援してるバンドマンが素直に、真面目にいちファンの話を受け止めてくれていたから、そんな優しさに甘えてしまって、「何を言っても、自分のファンだとわかってくれている私の意見は、絶対に受け止めてくれるはず」なんて痛い勘違いを爆走させて、いつのまにか得体の知れないファンとは似ても似つかないバケモノになってしまった。

必ずしも、認知は幸せは生まない。認知されて嬉しかったこともあるけど、バンドマンの中の良いファンでありたいなんて、覚えられただけでも贅沢なのに、自分の身分に見合わないおこがましい欲が生まれたあげく、勝手にエスカレートして勝手にファンとしても死んでいく。「覚えて欲しくない」もまた所詮さっきの"おこがましい欲"には変わりはないんだけど、そうやって『自衛』をしないと馬鹿な私はまた同じことを思って、同じことをしそうな気がする。

そう思うと、Sadieの亜季さんの「インストでファンと直接話す時に、いつもライブに来てくれている子も、最近ライブ来はじめた子も、平等に接したいので、たとえ顔や名前を知っていても自分から"覚えていますよ"とはあまり言わない」という考えは、凄く優しさに溢れているなと思った。私は景ギャだったけどな!Sadieの入口は亜季ギャでした。

 

ひとまず、そんな過ちを繰り返さないためには、「存在が近くなりすぎない」=「認知されない」ってことは自分の中で最重要で、そういうバンドマンとファンの丁度都合のいい距離で、なおかつただの傍観者の立場で無理せず楽しむ意識が大事なんじゃないかなぁって思った。結論、私が私なりにヴィジュアル系というコンテンツを最大限に楽しみたい我が儘に付き合わされている、私の応援しているバンドは可哀想ということだ!

 

ただ、発信したいことはこれからも発信し続けるんだろうけど、もっと言葉の角を丸めて、優しくトスできる人間になりたい。これからはそうなっていきたいなー。と思う。おわり。